こち亀の伝説的トラウマ回「ゴキブリ大行進」はなぜ30年以上も語り継がれるのか?

こち亀で一番ヤバい回は?

そう聞かれたら、多くの人が脳裏に浮かべるであろう、あの黒い悪夢。

そう、単行本76巻に収録された「ゴキブリ大行進!の巻」です。

今回は、なぜこのエピソードが単なるギャグ回を超え、30年以上もネットで語り継がれる「伝説」となったのか。

その理由を、俺なりにじっくりと紐解いていきたいと思います。

少年ジャンプ史上、最も不穏な警告文

この物語の異常性は、まず冒頭の注意書きから始まります。

週刊少年ジャンプの片隅に、突如として現れた黒塗りの警告文。

当時リアルタイムで読んだ世代は、度肝を抜かれたのではないでしょうか。

気の弱い方、虫の嫌いな方、食事中の方は見るのをご遠慮下さい。
身の毛もよだつ夏の夜の恐怖物語です

これは脅しでも何でもなく、作者・秋本治先生からの真摯な忠告でした。

こち亀200巻の歴史において、ここまで強烈な警告がなされたのは後にも先にもこの回だけ。

この時点で、読者は「これからとんでもないものが始まる」と覚悟を決めさせられるわけです。

両津勘吉、禁断のビジネスに手を染める

物語は、派出所に一匹のゴキブリが出たことから始まります。

麗子の悲鳴を聞きつけた両津は、いつものように金儲けの悪知恵を働かせます。

中川から「系列の製薬会社が研究用にゴキブリを大量購入している」という情報を聞き出すと、両津の脳内に悪魔的な方程式が組み上がりました。

「地域のゴキブリを駆除して報酬ゲット → 捕まえたゴキブリを研究所に転売 → 一石二鳥!」

この時点では、まだいつもの両さんです。しかし、彼の思考は常人の遥か斜め上を行きます。

「野生のゴキブリを捕まえるなんて非効率だ!」

そう判断した両津がたどり着いた結論、それは…ゴキブリの養殖でした。

悪夢の舞台「ニコニコ寮303号室」

前代未聞のビジネスの舞台に選ばれたのは、警察官独身寮であるニコニコ寮の自室、303号室

両津は部屋を完全な飼育環境に改造し、ゴキブリの繁殖を開始します。

恐ろしいことに、このビジネスは当初、順調に進んでしまうのです。

しかし、ご存知の通り両津は究極の飽き性。

研究所からの需要が一時的に途絶えると、彼はあっさりと養殖ビジネスを放置してしまいます。

そして、3ヶ月の時が流れるのです…。

10万匹の悪夢、解放

物語のクライマックスは、まさに地獄絵図。

3ヶ月ぶりに303号室の存在を思い出した両津は、脳内で繁殖数を計算します。

ここの「平方根まで駆使した大学レベルの方程式」というギャグ描写が、逆に恐怖を煽ります。

導き出された答えは、10万匹以上

ドアの向こうから聞こえる、無数の羽音。

さすがの両津もこれには怖気づき、「わしは逃げる!後は知らん!」とお決まりのセリフで逃亡。

最悪のタイミングで、寮母さんが新入居者を303号室に案内してしまいます。

そして、ドアが開かれた瞬間──。

10万匹のゴキブリが一斉に空を舞い、ニコニコ寮を阿鼻叫喚の渦に叩き落とすのです。

この見開きで描かれる絶望的な光景は、多くの読者の心に深いトラウマを刻みつけました。

なぜ「ゴキブリ大行進」は伝説になったのか?

さて、ここからが本題です。

なぜこのエピソードは、単なる「気持ち悪い回」で終わらず、30年以上も語り継がれる伝説となったのでしょうか。

ネットミームとしての強すぎる生命力

この回の恐るべき点は、そのミーム化のしやすさにあります。

  • パワーワードのオンパレード(「10万匹」「303号室」「ゴキブリ養殖」
  • 強烈な冒頭の注意書き
  • 見開きで描かれた、視覚的インパクト絶大のクライマックス

これらの要素は、ネットとの相性が抜群でした。

5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)では「こち亀三大名作」のスレが立つたびに必ず名前が挙がり、まとめサイトで何度も記事にされる定番ネタと化しています。

ニコニコ動画では、あの地獄絵図に様々なBGMを合わせる「こち亀BGM万能説」の素材として愛され、数多くのMAD動画を生み出しました。

極めつけは、現実の事件とのリンクです。

2020年に「スーパーからゴキブリが大量放出された」という事件が報じられた際、Twitterでは「こち亀のあの回だ」と瞬く間にトレンド入り。

現実が漫画に追いついた瞬間として、再び大きな話題を呼んだのです。

このように、時代を超えて様々なプラットフォームで再生産され続けることが、伝説としての地位を不動のものにしたと言えるでしょう。

1991年という時代が生んだ狂気

このエピソードが掲載された1991年とは、どんな時代だったか。

それは、日本中が浮かれたバブル経済が、いよいよ崩壊を始めた年です。

「ゴキブリを養殖して一攫千金」という両津の思考は、土地や株を転がせば誰でも儲かった、あの時代の異常な投機熱を、下町の警官という視点から強烈に風刺している、と見ることもできるのではないでしょうか。

誰もが楽して儲けることばかり考えていた時代の空気を、秋本先生は「ゴキブリ」という最も身近で生理的嫌悪感を抱かせるモチーフを使って、痛烈に、そしてコミカルに描き出したのです。

少年誌で「ゴキブリの大量発生」というタブーに踏み込み、それを社会風刺にまで昇華させてしまう。

まさにこち亀の黄金期を象徴する、傑作と言えるでしょう。

まとめ:ただの悪夢ではない、こち亀の本質が詰まった一編

「ゴキブリ大行進!の巻」は、多くの人にとってトラウマ回として記憶されています。

しかし、その裏には、両津勘吉という男の底なしの金銭欲、驚くべき行動力、そして全てを台無しにする飽きっぽさと無責任さという、キャラクターの本質が凝縮されています。

日常の延長線上にあるちょっとした出来事が、彼の行動を介することで、最終的に街一つを巻き込む大パニックへと発展する。

これこそが、こち亀の王道パターンであり、最大の魅力です。

この回は、そのパターンを「ゴキブリ10万匹」という史上最悪の形で表現した、究極の一編なのかもしれません。

さて、あなたにとってのこち亀の「伝説の回」は、どのお話ですか?

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