左ききのエレン 新章はなぜ賛否両論なのか
- 2026.07.05
- 左ききのエレン
【ネタバレ注意】2026年3月開始の新章(AIクリエイター編)の序盤設定に触れます。
で、本音のところ、どうなの?
正直に言うと、2026年3月4日にジャンプ+で『左ききのエレン』の復活連載が始まると知ったとき、自分は少し身構えた。舞台は最終回から4年後の2026年。しかも今度の対決相手は、人間じゃなくてAIだという。
ぶっちゃけ「今さら人間vsAIか」と思った読者、絶対にいるはずだ。でも実際に読み進めると、賛否が分かれそうなポイントはそこだけじゃなかった。
なぜ「AI vs 人間」は今さら感と背中合わせなのか
まず前提を整理しておく。新章の舞台は目黒広告社。そこにNIAI社の秋本という人物が現れ、人員削減案を提案してくる。ところが代わりに紹介されたのは、削減案ではなくAIクリエイター「アイザック」の導入だった。
アイザックは膨大な広告案を数秒で出し、しかもエースクリエイターである柳一の仕事の質すら再現してしまう。その実力に衝撃を受けた主人公・朝倉光一は「自分たちのチームは負けない」と宣言し、人間vsAIの広告コンペに挑むことになる。
今回の復活は、TVアニメ『左ききのエレン』が2026年4月7日から放送されることを記念した仕掛けでもある。原作は2016年にcakesで連載開始し、ジャンプ+版のリメイクを経て累計2億PVを記録した人気作だ。アニメ化のタイミングで「もう一度、光一の物語を続ける」という判断自体は、ビジネス的にも筋が通っている。
実際、アニメは原作ファンだけでなく初見の視聴者からも高い評価を得ている。光一の泥臭い努力と、エレンの天賦の才の対比が、映像演出によって一層際立ったという声も多い。その勢いに乗せて、あえて「人間 vs AI」という重いテーマをぶつけてきたのが今回の新章だ。
正直に言うと、フィクションで「AI vs 人間」を扱う作品はもう珍しくない。設定だけ見れば「今さら」と感じる人がいるのは、よくわかる。
でも『左ききのエレン』がこのタイミングでこのテーマを持ってきたのは、たぶん狙ってのことだ。2026年のいま、広告・クリエイティブ業界では「生成AIに仕事を置き換えられるかもしれない」という不安が、フィクションの外側でもリアルに語られている。SFの設定じゃなく、現在進行形の話として読める人が多い。だから「今さら」と切り捨てるには、ちょっとタイミングが良すぎるとも思う。
アイザックの設定、都合が良すぎないか
次に気になるのが、アイザックの「万能さ」だ。数秒で大量の案を出すのはまだわかる。でも特定の人物——柳一——の仕事の質や個性まで再現できてしまうというのは、正直かなり踏み込んだ設定だと思う。
現実の生成AIは、大量生産や網羅性には強い。でも「特定のクリエイターが積み重ねてきた文脈・癖・判断基準」を丸ごと再現するのは、今のところそこまで簡単じゃない。だからこの部分は「リアルなAI脅威の描写」というより、「読者に危機感を一発で伝えるための誇張」だと捉えたほうが素直だと思う。
気持ちは分かる。「そんな都合よくAIが万能だったら苦労しないよ」と思う読者がいてもおかしくない。ただ、これは技術解説漫画ではなくヒューマンドラマだ。アイザックの強さを誇張してでも、光一たちが背負う恐怖を最短距離で読者に届ける演出だとすれば、狙いとしては筋が通っている。
ちなみに、この導入部は2026年5月1日発売の単行本25巻に収録されている。コンペの決着がどう転ぶかは、2026年9月4日発売予定の26巻以降で描かれていく見込みだ。つまり今はまだ、賛否の判断を下すには早すぎる段階だとも言える。
結局「努力は尊い」に着地するだけの話にならないか
3つ目の疑問はこれだ。『左ききのエレン』はもともと、天才・エレンと凡才・光一の対比を10年近く描いてきた作品。対決相手がAIに変わっただけで、行き着く先は「それでも人間は頑張る」という同じメッセージの焼き直しになるんじゃないか、という懸念がある。
実際、新章のキャッチコピーは「天才になれなかった全ての人へ」。エレン編と地続きのテーマであることを、作り手も隠していない。
ただ、10年近く同じ問いを描き続けられるのは、そう簡単なことじゃない。『左ききのエレン』はもともと、才能と凡才というテーマ一本でここまで読者を引っ張ってきた作品だ。相手をAIに変えて同じ問いをもう一周させるのは、繰り返しであると同時に、作り手がこのテーマにまだ本気だという証拠でもある。
ここは賛否が割れて当然だと思う。「またこのパターンか」と感じるか、「同じテーマを角度を変えて何度でも描き直すのがこの作品の芯だ」と感じるか。どちらの読み方も間違ってはいない。
本音のところ
正直に言うと、自分は上の3つの違和感、どれも「わかる」と思っている。設定は今さら感があるし、アイザックは都合が良いし、着地点もある程度読める。
それでも、この新章に乗ってしまうのは、扱っているテーマがもう虚構だけの話じゃなくなってきているからだ。広告・クリエイティブの現場で「AIに置き換えられるかもしれない」という不安は、すでに他人事の設定じゃない。だからこそ、多少都合の良い誇張があっても、それを補って余りある切実さがある。
個人的な印象では、アニメから入った新規読者ほど「今っぽいテーマ」と好意的に受け止め、長年のファンほど「またこのパターンか」という既視感を覚えやすい気がする。どちらの感覚も、間違ってはいないと思う。
賛否どっちの感覚が正しいかは、正直、読者次第としか言えない。ただ自分は「今さら」より「今だからこそ」の側に賭けたいと思っている。
それでも『左ききのエレン』が面白い理由
賛否があっていい。賛否が生まれること自体が、このテーマを本気で扱った証拠だと思う。
『左ききのエレン』が描いてきたのは、天才になれなかった人間がそれでも足搔く姿だ。相手がエレンだろうとアイザックだろうと、光一が向き合っているのは結局「自分は凡才なのか」という同じ問いだ。
でもね、これがあるから『左ききのエレン』は面白いんだ。相手をAIに変えてまでこの問いを描き直す本気度こそ、この作品が選ばれ続けてきた理由だと思う。
正直に言うと、この記事を書きながら「AIに仕事を奪われる」ネタに隣接する派生アイデアが何本も浮かんでしまった。ジークの安楽死の違和感とか、まだ手つかずの下書きが増える一方だ。困ったものだ。
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