【タコピーの原罪】雲母坂まりなは、悪女か被害者か?物語の裏の主人公

インターネットを震撼させた怪作『タコピーの原罪』。

その衝撃は今もなお、多くの読者の心に深く刻まれていることでしょう。

純真無垢なハッピー星人が引き起こす悲劇の連鎖は、我々の倫理観をぐちゃぐちゃにかき乱してくれました。

そして、この物語を語る上で絶対に欠かせない存在がいます。

そう、雲母坂まりなです。

彼女は単なる「いじめっ子」という言葉では到底収まりきらない、複雑で、あまりにも人間臭いキャラクターでした。

今回は、なぜ俺たちがこれほどまでに雲母坂まりなという少女に心を揺さぶられるのか、その魅力と闇の正体を徹底的に分析していこうと思います。

小学生(ラスボス)爆誕、その名は雲母坂まりな

物語の序盤、まりなちゃんは絵に描いたような、いや、それ以上に悪辣ないじめっ子として登場します。

クラスメイトの久世しずかをターゲットに、執拗ないじめを繰り返す日々。

持ち物を隠す、悪口を言うなんてのは序の口。

白眉は何と言っても、あの伝説的なセリフでしょう。

「おはよう寄生虫♡」

満面の笑みでこれを言い放つ小学生、ヤバすぎます。

「アバズレの娘」「人間のクズ」など、どこで覚えてきたんだと問い詰めたくなるような罵詈雑言のオンパレード。

その攻撃性は、しずかちゃんの唯一の心の支えであった愛犬・チャッピーにまで及びます。

チャッピーを保健所送りにするため、わざと自分を噛ませるように仕向ける計画性。

タコピーが時間をループさせても、待ち伏せ場所と時間を変えてまで執拗に追いかけてくる執念。

その時の「探した甲斐があったよね…」というセリフには、もはや狂気しか感じません。

この時点では、誰もが彼女を物語における純然たる「悪」だと認識したはずです。

しかし、この物語はそんな単純な勧善懲悪で終わらせてはくれませんでした。

地獄の煮凝り、それが雲母坂家

なぜ、まりなちゃんはこれほどまでに歪んでしまったのか。

その答えは、彼女が生まれ育った家庭環境にありました。

父親は水商売の女性(しずかちゃんの母親)にのめり込み、家庭を顧みない。

妻であるまりなちゃんの母親に対しては「寄生虫」と暴言を吐く典型的なモラハラ夫。

一方、母親は夫の裏切りとモラハラで精神を病み、ストレスの捌け口として娘であるまりなに暴力を振るう。

作中で描かれる夫婦喧嘩のシーンは、フィクションとは思えないほどの生々しさでした。

そして、あのネットミームにまでなった伝説のやり取りが生まれます。

父親「だからタッセルってなんだよ!!」

母親「カーテン…カーテンにつけるのっ…!」

この「タコピー構文」は、もはや会話が成立していない家庭の崩壊を象徴しています。

まりなちゃんが夏場でも長袖を着ているのは、母親から受けた虐待の痕を隠すため。

彼女がしずかちゃんに吐きつける「寄生虫」という言葉は、父親が母親に投げつけた言葉そのもの。

つまり、彼女の悪意は、あの地獄のような家庭で生き抜くために身につけた、歪んだ生存戦略だったわけです。

加害者であると同時に、彼女もまた紛れもない被害者だった。この事実が、雲母坂まりなというキャラクターに底知れぬ深みを与えています。

衝撃の退場、そして「まりピー」へ…

物語は第4話で、読者の予想を遥かに超える展開を迎えます。

しずかちゃんを徹底的に痛めつけるまりなちゃんの姿を見たタコピーが、あろうことか彼女を撲殺してしまうのです。

ハッピーにするために来た宇宙人が、小学生を殺める。もはや悪夢です。

そしてタコピーは、ハッピー道具「へんしんパレット」でまりなちゃんに成り代わります。

こうして生まれたのが、読者から「まりピー」と呼ばれる、タコピー版まりなちゃんです。

本物を殺した存在が本人に成り代わるというホラー展開にも関わらず、まりピーのどこか抜けた言動は、陰惨な物語の中の一筋の癒やし(?)となりました。

しかし、本物のまりなちゃんが物語から強制退場させられたことで、読者は逆に彼女の存在の大きさを痛感させられることになったのではないでしょうか。

絶望の再演、高校生になった彼女

「まりなちゃんはもう出てこないのか…」誰もがそう思っていた矢先、物語は再び俺たちを突き落とします。

第11話、舞台は2022年。高校生になったまりなちゃんが再登場するのです。

小学生の頃の面影を残しつつも、その頬には痛々しい傷跡が刻まれています。

この傷は、母親に割れたコップでつけられたもの。彼女の地獄は、まだ続いていました。

父親は家を出て、母親はアルコールに溺れ、スピリチュアルな趣味への傾倒はさらに悪化。

そんな中でも、彼女は「将来は幸せなお母さんになりたい」という、あまりにも切ない夢を抱いていました。

それは、自分を虐待した母親を反面教師として、幸せな家庭を築きたいという願い。あるいは、「自分が幸せになれば、ママも元通りになるかもしれない」という、母親への歪んだ愛情の裏返しだったのかもしれません。

偶然再会した東くんと付き合うことになり、一筋の光が見えたかのように思われました。

しかし、そこに転校生として現れたしずかちゃんが、その儚い希望を打ち砕きます。

東くんを奪われ、母親には逆上され、揉み合った末に母親を殺害してしまう。

絶望の淵で、彼女はそばにいたタコピーに救いを求めます。しかし、彼女の言葉を誤解したタコピーは、まりなちゃんを置いてどこかへ飛び去ってしまう。

全てを失った彼女が、最後に呟こうとした名前。

「やっぱ 名前ぐらいつけてやれば良かった」
“タコピー”とか」

皮肉にも、しずかちゃんが名付けたのと同じ名前。呼び止めることすらできず、彼女は自らの命を絶つことを仄めかして、物語から姿を消します。

この一連の流れは、もはや地獄のフルコース。読者の精神を削るには十分すぎる展開でした。

これはハッピーエンドなのか?

全ての読者が絶望に打ちひしがれる中、物語は最終話で一筋の光を提示します。

タコピーの最後の力によるタイムリープ。その結果、世界は少しだけ形を変えました。

2022年、高校生になったまりなちゃんは生きていました。

そして、彼女の隣には、かつて憎み合ったはずのしずかちゃんがいたのです。

二人で買い物に出かけ、お互いの悲惨な家庭環境を軽口のネタにして笑い合う。

まりなちゃんの顔の傷は消えていないし、家庭の問題が根本的に解決したわけでもないでしょう。

これは、手放しで喜べるハッピーエンドではないのかもしれません。

しかし、地獄のような環境の中で、たった一人でも本音をぶつけ合い、痛みを分かち合える存在ができたこと。

これこそが、『タコピーの原罪』が示した、現実的で、あまりにも尊い「救い」だったのではないでしょうか。

雲母坂まりなは、単なる悪役でも、哀れな被害者でもありません。

憎しみ、嫉妬、孤独、そしてほんの少しの希望。人間の持つあらゆる感情を内包した、奇跡のようなキャラクターです。

彼女の物語が俺たちの心を抉り、そして離さないのは、その壮絶な人生の中に、誰もが抱える可能性のある「痛み」の欠片を見出してしまうからなのかもしれません。

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