HUNTER×HUNTER王位継承戦考察|「家族」の再定義

※本記事はHUNTER×HUNTER暗黒大陸編・王位継承戦編の設定および一部展開に触れます。未読の方はご注意ください。今日も、深く読みましょう。今回扱うのは、冨樫義博が王位継承戦というデスゲームを通して静かに解体している「仲間」と「家族」の定義です。

目次

王位継承戦という装置——なぜ「家族」を描くのに殺し合いを選んだのか

カキン帝国の継承戦という設計

まず前提を整理しておきたい。カキン帝国国王ナスビー=ホイコーロには8人の正妃がいて、14人の王子が生まれている。暗黒大陸へ向かう大型船ブラックホエール号の中で行われる王位継承戦は、「14人のうち最後に生き残った1人が次代の王となる」という、きわめて即物的なルールで進行する。壺中卵の儀と呼ばれる儀式によって、各王子には守護霊獣(念獣)が憑き、これが継承戦の舞台装置そのものになっている。

ここで注目したいのが、冨樫がこの設定に「家族」という言葉の最もヘビーな装荷をあえて重ねてきている、という事実である。血を分けた兄妹姉弟が殺し合う。母である王妃は我が子を守ろうとするが、他の王子を暗殺に動けば投獄される。王族殺しは「一族もろとも処刑」という規定すらある。つまり、継承戦は「家族を殺すことでしか家族になれない」という、自己矛盾した装置として設計されている。

なぜこのテーマに注目するか

王位継承戦編の難解さは、登場人物の多さや能力の複雑さにばかり目を奪われがちだ。だが構造を一段引いて眺めてみると、冨樫がこの編で執拗に問い直しているのは「仲間とは何か」「家族とは何か」という、非常にシンプルで、非常に古い問いなのだと考えられる。HUNTER×HUNTERという作品はこれまでも、ジンとゴンの父子関係、ゾルディック家の家族観、キメラアント編のコムギとメルエムなど、血縁・疑似血縁の再定義を繰り返してきた。王位継承戦は、そのテーマの総決算としての側面を持っている。

本稿では、カキン王子たちのふるまいを三つの型に分類し、そこから逆照射するかたちで「冨樫が問いかけている家族の再定義」を読み解いていく。

血縁の破壊——継承戦が解体する「家族」という前提

ベンジャミンとツェリードニヒ——兄弟の名を借りた他人

第1王子ベンジャミンは、カキン王立軍学校の卒業生にして軍人派の筆頭である。彼の念能力「星の継承者(ベンジャミンバトン)」は、自身に忠誠を誓った私設兵が死亡したとき、その念能力を継承するという設計だ。興味深いのは、この能力の構造そのものが「血ではなく、誓約で結ばれた縦の継承」を表している点である。ベンジャミンにとって、継がれるべきは血ではなく意志と忠誠だ。ここには、自分の家族(王族)よりも自分に忠誠を誓った他人の方がずっと近しい、という価値観が透けて見える。

対照的に、第4王子ツェリードニヒは血縁を完全な無意味として扱う。彼は第1王子ベンジャミンの弟でありながら互いを激しく嫌悪し、猟奇的な趣味に耽溺する。守護霊獣は「嘘」に反応して相手を変形させるという、対人関係の信頼そのものを試す能力を持つ。ここで注目したいのが、ツェリードニヒの生き方が「家族というフィクションを一切信じない人間」の極限形として描かれていることだ。彼にとって兄弟は、単に先に生まれた邪魔な個体にすぎない。

ベンジャミンとツェリードニヒという、思想的には正反対のこの二人に共通しているのは、「血縁の家族を家族として扱わない」という一点だ。継承戦の冒頭に、冨樫はまずこの二人を置いた。これは偶然ではないと考えられる。読者に「ここでは血はもう効力を失っている」と先に宣言しているのだ。

第12王子モモゼの死が意味するもの

第12王子モモゼは、14人のうち最初に命を落とした王子である。彼女を殺したのは守護霊獣ではなく、他の王子の陣営から送り込まれた暗殺者だった。この死に方の選択は、作品論として極めて重要だ。

もし冨樫がモモゼを守護霊獣による死で退場させていたら、読者はこの継承戦を「超自然的な呪いのサバイバル」として消費したはずだ。だが彼は「人間の手による暗殺」という、どこまでも現実的で、どこまでも俗な殺され方を彼女に与えた。これによって、王位継承戦は「念獣の恐怖」ではなく「血のつながった人間同士が、手を下し合う物語」として読者に突き付けられる。モモゼの死は、この編のテーマが超常現象ではなく家族論であることを宣言する、言わば設計上の定礎石なのである。

仲間の獲得——血縁を超える絆はどう立ち上がるか

第14王子ワブルとオイト、そしてクラピカ

赤子である第14王子ワブルは、自分の意思で継承戦を戦うことができない。母である第8王妃オイトは、愛する我が子を守るために、外部のハンターであるクラピカを護衛として雇う。ここで起きているのは、きわめてシンプルで、しかし物語構造上きわめて重要な事態だ——「血縁の家族(ホイコーロ王家)は我が子を殺しに来るが、血縁のない他人(クラピカ)は命懸けで我が子を守る」という反転である。

クラピカがワブルを護衛する動機は、表向きは第4王子ツェリードニヒが所有する緋の目の奪還だ。しかしブラックホエール号の船内で物語が進行するにつれ、クラピカとオイトの関係は「雇用主と護衛」から、ある種の共闘関係へと変質していく。ここに冨樫が置いているのは、クラピカというキャラクターの系譜における、もう一段階の疑似家族の形成である。クルタ族を一族全滅で失い、レオリオ・ゴン・キルアという「仲間」を得たクラピカは、ここでさらに「守るべき母子」という新しい関係性に踏み込んでいる。

重要なのは、この絆が「選ばれた絆」だということだ。ワブルにとって兄弟である他の13人は、彼を殺しに来る存在でしかない。一方、血のつながらないクラピカは命の盾になる。「家族とは、血ではなく、互いを守ると決めた者たちの総称なのではないか」——冨樫はオイトとワブルとクラピカというトリオに、この問いを埋め込んでいる。

第13王子マラヤームとビスケ——保護者という関係

ビスケット=クルーガーが第13王子マラヤームの護衛についている構図も、同じテーマの変奏として読むことができる。マラヤームはまだ幼く、陣営の規模も小さい。ゴンとキルアの師匠として登場したビスケが、今度は別の子どもの後見人のような位置に置かれている。ここにあるのは、「血縁ではないが、世代を超えて未熟な者を守る」という、もうひとつの疑似家族の形だ。

冨樫は王位継承戦編で、血縁の家族(兄弟王子たち)を「互いに殺し合うもの」として描く一方で、血縁のないハンターたちを「王子を命懸けで守るもの」として配置している。この鏡像構造は、偶然の産物ではなく、テーマの核心だと考えられる。

反逆する王子——家族の呪いから降りるという選択

第9王子ハルケンブルグの拒絶

王位継承戦のテーマ論を語るうえで、どうしても外せないのが第9王子ハルケンブルグだ。彼は継承戦という制度そのものに異議を唱え、自ら命を絶つことで継承戦から離脱しようとした王子である。だが、彼の守護霊獣は自決の弾丸を防ぎ、彼を死なせなかった。さらにハルケンブルグは父ナスビーに銃を向けることで継承戦そのものを止めようとするが、王の守護霊獣と思しきものがそれをも防ぎ、王は「私はもう儀式の一部だ」「役目を終えるまで死ねない」という旨を告げる。

この場面でここで注目したいのが、「家族という呪い」の構造が作品世界の中で明示的に言語化されている点だ。王自身ですら、儀式=家族制度の歯車として、自分の意思では降りられない存在に成り下がっている。ハルケンブルグの拒絶は失敗に終わったが、その失敗こそが冨樫のメッセージだろう。家族という装置は、個人の良心だけでは止められないほど強固で、暴力的なのだ、と。

この編を読むと声が出るのは、まさにここだ。ハルケンブルグの造形は、継承戦に対する作者自身の倫理的な懐疑が、最も純度高く結晶したキャラクターに見える。彼は王位継承戦というゲームを否定する最も鋭い声でありながら、ゲームのルールそのものに飲み込まれる。冨樫はここで、「家族の呪いから降りることの困難」を、一人のキャラクターの挫折として可視化している。

サレサレという第三の道——無関心

第8王子サレサレは、快楽に耽溺し、継承戦そのものにほとんど関心を示さない。守護霊獣は愛情を煽る煙を吐き、自分を慕う者を増やすが、サレサレ自身は兄弟を蹴落とすことにも、王になることにも大した興味がない。一見すると、彼は最も「家族の呪い」から自由な人物に見える。

だが冨樫の筆は意地悪だ。サレサレの無関心は、倫理的な拒絶ではなく、単なる怠惰として描かれる。ハルケンブルグが道徳的に継承戦を拒絶して挫折したのに対し、サレサレは精神的に参加を放棄してなお、継承戦の駒である事実からは逃れられない。ここには「家族から降りるには、強い意志と、それに釣り合うだけの痛みが必要だ」という、非常にHUNTER×HUNTER的な倫理観が貼り付いている。

冨樫義博が王位継承戦で再定義している「家族」と「仲間」

結論——選択された関係性としての家族

ここまでの分析を束ねると、王位継承戦編で冨樫が提示しているのは、次のような仮説だと考えられる。「家族」とは、もはや血縁によって自動的に付与されるものではない。血縁の家族は、互いを殺し合う装置にすらなりうる。むしろ真の家族とは、「互いを守ると選び取った関係性」のことである——と。

この視座は、HUNTER×HUNTERという作品を貫く古いテーマの最新形でもある。ゴンはジンという血縁の父を追いかけながら、キルアという選び取った仲間のほうにずっと人生を動かされた。キルアはゾルディック家という血の呪縛から抜け出し、アルカという妹を自ら選び直して守った。クラピカは一族全滅という血の断絶を背負いながら、レオリオ・ゴン・キルアという選び取った仲間を得、さらに今、ワブルとオイトという新しい関係性に身を投じている。

王位継承戦は、このシリーズのテーマを最も冷徹に、最も大規模に実験している場所なのだ。14人の兄弟姉妹を檻の中に放り込み、そこで立ち上がる関係性のうち、どれが本物の絆でどれが偽物かを、読者の目の前で選別している。

まとめ——暗黒大陸編は「関係性の物語」である

王位継承戦編はしばしば「難解」「伏線が多い」「登場人物が覚えきれない」という評価を受ける。それは間違いではない。ただし、その難解さの根には、冨樫がこの編を「家族と仲間の再定義」というきわめてパーソナルな問いに捧げている、という事実がある。ベンジャミンの忠誠の継承、ツェリードニヒの血縁無視、モモゼの人為的な死、ワブルを守るクラピカ、ハルケンブルグの拒絶とその失敗——すべてのエピソードが、「血ではなく選択で結ばれる家族はありうるか」という一点に向けて収束している。

暗黒大陸に向かうブラックホエール号は、そのまま人間関係の暗黒大陸でもある。あなたが次にこの編を読み返すとき、王子たちを敵味方の駒ではなく、「家族というフィクションに対する14種類の応答」として眺めてみてほしい。きっと、これまでとはまったく違う地図が浮かび上がるはずだ。


実を言うと、この編は初読時に人物関係が頭に入らず、手書きの家系図を作って挫折した過去がある。二度目に読み直したとき、「覚えるべきは血縁ではなく関係性のほうだ」と気づいて、ようやく物語が動き出した。H×Hはいつもこうだ。ルールを覚えようとすると迷子になり、テーマを追いかけると急に景色が開ける。

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