ベルセルクの続きはなぜ賛否が割れるのか

で、本音のところ、どうなの? 三浦建太郎さんが亡くなったあとも続いている『ベルセルク』の続き。「読めるだけでありがたい」という人と、「これは違う」という人で、賛否は今もはっきり分かれたままです。正直に言うと、この割れ方にはちゃんと理由があります。順番に見ていきます。

【ネタバレ注意】本記事には『ベルセルク』単行本43巻までの展開に触れる箇所があります。

で、いまの『ベルセルク』は誰がどう作っているのか

まず事実から押さえます。ここが曖昧なままだと、続きをめぐる賛否の議論はまず噛み合いません。

原作者の三浦建太郎さんは、2021年5月6日に急性大動脈解離のため54歳で逝去されました。白泉社の訃報で公表されています。

連載が再開したのは、その約1年後。2022年6月24日発売の「ヤングアニマル」2022年13号からでした。

クレジットはこう変わっています。

  • 原作:三浦建太郎
  • 漫画:スタジオ我画
  • 監修:森恒二

ここで一番誤解されやすいのがスタジオ我画です。外から呼ばれた別チームではありません。三浦さん自身のスタジオで、三浦さんのもとで描き方を学んだスタッフが所属しています。

単行本のナンバリングも、そのまま承継されました。白泉社の再開告知によれば、まず「幻造世界篇/妖精島の章」のラストまで6話分を掲載し、そのあと新篇に入る予定とされていました。

新体制で最初の単行本が42巻(2023年9月29日発売)、最新刊が43巻(2025年8月29日発売)です。

ただ、毎号きっちり進んでいるわけではありません。最新話の更新は9カ月ぶりで、399話が公開されたのは2026年6月12日。そこから6月26日、7月10日と、401話まで3号連続で掲載されました。

なぜ「続きはいらない」という声が出るのか

賛否のうち「否」の側の言い分を、逃げずに並べます。茶化す気はまったくありません。気持ちは分かる、というのが私の正直なところです。続きを歓迎できない理由は、大きく4つに整理できます。

1. それは三浦さんの『ベルセルク』なのか

一番根っこにあるのがこれです。ページを描く手が本人ではない以上、そこに現れる結末を「三浦建太郎の結末」と呼んでいいのか。理屈ではなく感情の問題として、ここで足が止まる読者がいます。

2. 未完のまま終わることにも意味がある

作品を作者の生涯と切り離せない、という読み方です。30年以上描き継がれて、途中で途切れた。その断面ごと『ベルセルク』だと考える人にとっては、続きが出ること自体が上書きに感じられてしまう。

3. 記憶に頼る部分が残る

生前に聞いていたとしても、それは本人の完成原稿ではありません。細部のニュアンスまで再現できるのか——この不安は、読み込んでいる人ほど強く出ます。線の印象が以前と違って見える、という感想が並ぶのも同じ流れです。

4. 完結まで見届けられるのか

これは感情論ではなく、数字の話です。42巻が2023年9月29日、43巻が2025年8月29日。単行本の間隔が約2年空いています。さきほど触れた9カ月の中断も、この不安を裏打ちしました。このペースで残りの物語をどこまで進められるのか。現実的な不安として口にする読者は、決して少なくありません。

じゃあ、その批判は妥当なのか

結論から言います。「半分は的を射ていて、半分は前提が違う」というのが私の見方です。理由を3つ挙げます。

ひとつ目。監修の森恒二さんは、再開時のコメントで「自分は『ベルセルク』の最終回までの物語を知っています」とはっきり述べています。三浦さんから「最終回までのストーリーは森ちゃん以外誰にも話していない」と言われていた、とも語っています(アニメ!アニメ!)。しかも新しいアイデアが出るたびに結末は少しずつ変わり、そのつど聞かされていたそうです。回数にして何十回。

ふたつ目。ここが一番大きいのですが、森さんは同時にこうも宣言しています。

肉付けはしません。はっきり覚えてないエピソードもやりません。三浦が自分に語った台詞、ストーリーのみやります

わかる、あれはね……批判の多くは「他人の創作で穴を埋められてしまう」ことを想定しているんです。でも、表明されている方針はその真逆でした。覚えていないところは描かない、という自制なんですね。

白泉社編集部も、「三浦さんがそう言っていた」ことを肝に銘じ、三浦さんの想いから逸脱しないよう構成していくと明言しています。

三つ目。ページを描いているのは外部から来た別会社ではなく、三浦さん自身のスタジオです。森さんは弟子たちについて「三浦の弟子達の腕は本物です!素晴らしい描き手です。」と書いています。つまり継承の体制としては、考えうるかぎり内側から組まれている。

ただし——ぶっちゃけ、4つ目の批判にはまだ答えが出ていません。刊行ペースの話です。ここは擁護のしようがない。時間がかかっているのは、単純に事実です。

本音のところ

私は読む側に立ちます。ただ、読まないと決めた人を説得する気はまったくありません。

理由はシンプルです。もし続きが出ていなければ、妖精島の先にあるはずだった物語は、誰の中にも形にならないまま消えていました。森さんの頭の中にだけ残って、紙の上には一生現れなかった。それはそれで、ひとつの喪失だと思うんです。

それと「肉付けはしません」という一文に、私はかなり打たれました。続けると決めた人が最初に口にしたのが、拡張ではなく自制だった。そこに誠実さを感じたんですよね。

とはいえ、ここまで読んで「やっぱり自分は41巻で止めておく」と思う人がいても、それはまったく正しい判断だと思います。どう感じるかは読者次第で、そこに絶対の正解はありません。

それでも『ベルセルク』が読み継がれる理由

白泉社の発表によれば、『ベルセルク』は全世界累計7000万部を突破しています。

ここまで人を掴んで離さないのは、絶望の量が多いからじゃない。何度潰されても、ガッツが翌朝また剣を担いで歩き出すからです。

でもね、その「それでも続きを歩く」という一点こそ、いま作品そのものに起きていることなんですよ。だから私は、この続きを読みます。


辛口で書き切るつもりで開いたのに、森さんのコメントを読み返した時点で無理でした。賛否のどっちに立っている人も、結局この作品が好きだから揉めてるんですよね。

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