宇宙兄弟 ヒビトの魅力——弱さを抱えた弟として

※本記事は『宇宙兄弟』の月面事故編〜ロシア編のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。今日も推しの話をさせてください。今回語りたいのは、南波日々人——通称ヒビト。強いヒーローじゃなくて、「弱さを抱えた人間」としての彼を。

目次

ヒビトというキャラクターの、本当の魅力

まず最初に言わせてください

ヒビトって、ほんとうにずるいキャラなんです。最初に登場したとき、彼は史上最年少クラスのムーンウォーカーで、日本人宇宙飛行士としてすでに月を歩いていて、明るくて、細かいことを気にせず、天才肌で、兄のムッタを「いつ追いついてくるんだよ」と軽く挑発するような弟で——要するに、「無敵のヒーロー側の人間」として描かれているんです。わかります?最初はそう見えるんです。

でも小山宙哉先生は、そんなヒビトを月のクレーターに落っことしました。そして地球に生還させた後、彼から「宇宙服を着る」という当たり前の権利を奪いました。ちょっと待って、天才の弟にそんな仕打ちある?って最初読んだとき思ったんですよ。でも、ここからヒビトは本当のヒビトになっていく。それが、私が彼を「推し」と呼ぶ理由なんです。

「強い弟」ではなく「弱さを持った人」として描かれたことの意味

『宇宙兄弟』って、ムッタが主人公なんですけど、ムッタは「会社をクビになり、年下の弟に先を越され、自己肯定感がぐちゃぐちゃな兄」として始まりますよね。だからこそヒビトは物語の初期、「まぶしい存在」「追いかけるべき背中」として配置されていた。兄の劣等感の元凶、でも愛すべき弟。そういう立ち位置。

でも、もしヒビトが最後まで「まぶしい弟」のままだったら、この物語は兄弟の物語にならなかったと思うんです。弟が落ちて、折れて、泣いて、立ち上がれなくなって、それでももう一度宇宙に戻ろうとする——その過程があって初めて、ムッタとヒビトは対等な「兄弟」になる。ヒビトが弱さを見せたことは、物語にとって不可欠だった。私はそう思っています。

月面事故——ヒビトが壊れた日

クレーターの底で起きたこと

ヒビトが所属していたCES-51クルーは、通信探査機「ギブソン」の回収のため月面バギーで走行中、同僚のダミアン・クウェーラーとともにクレーターへ落下してしまいます。月には大気がないから遠近感が狂いやすくて、ほんの一瞬の油断で、二人は深いクレーターの底に取り残される。ダミアンは宇宙服の体温維持装置が故障して凍死寸前。ヒビトは酸素タンクが破損して生命の危機。

それでもヒビトは、フレアを使って岩を温めたり、日光を反射させたり、ありとあらゆる知恵を絞ってダミアンを助けようとするんですよ。この場面の彼は、まぎれもなくヒーローです。最年少ムーンウォーカーとして、宇宙飛行士として、「ここで諦めたら終わり」という意地で動き続ける。結果的に二人はオリオンに救出されて地球に戻ってくる。読者としては「よかった、助かった」と一度息をつくんです。

でも、本当の事故は地球に戻ってから起きた

ここが、ヒビトというキャラの深いところなんですよ。体は無事に地球に戻ってきた。でも、月で「酸素が供給されない」という死の恐怖を味わった彼の心は、宇宙服を着るたびに発作を起こすようになっていた。パニック障害です。

宇宙飛行士にとって、宇宙服を着られないということは、宇宙に行けないということ。彼のアイデンティティそのものを奪われたんです。月を歩いた男が、ヘルメットを被るだけで呼吸が乱れる。これ、想像できます?自分が一番得意だったこと、一番輝いていた場所で、自分の体が裏切るんです。読みながら本当につらかった。ヒビトが「大丈夫だよ」と笑えば笑うほど、ページをめくる手が重くなるんです。

ブライアン・Jへの想いが、ヒビトを形作った

ヒビトのヒーロー、ブライアン・ジェイ

ヒビトを語るうえで絶対に外せないのがブライアン・J(ブライアン・ジェイ)の存在です。1969年生まれのベテラン宇宙飛行士で、ISSのロシアモジュールで起きた火災をひとりで消し止めた伝説の人物。多くの宇宙飛行士から「親父のような、兄貴のような」と慕われた偉大な先輩です。

ヒビトはブライアンのバックアップクルーとして訓練を重ねた過去があり、彼を心から尊敬していました。そのブライアンが、月ミッションからの帰還時、着陸パラシュートの不具合で帰らぬ人となる。ヒビトがCES-51として月面に立ったのは、ブライアンが開いた道の続きを歩いている感覚だったはずなんです。

「金ピカ」の意味と、ヒビトが背負ったもの

『宇宙兄弟』には「金ピカ」という言葉が何度も出てきます。これはシャロンの「今のあなたにとって一番金ピカなことはな〜に?」という問いかけから始まった、この作品全体のキーワード。自分にとって一番輝くもの、大切なもの、譲れないもの——そういう意味の「金ピカ」。

ヒビトにとっての金ピカは、間違いなく「宇宙」でした。そしてその宇宙を教えてくれたのが、ブライアンという存在だった。だからこそ、彼が月で一度壊れたあと、もう一度宇宙に戻ろうとする旅路は、単なる職業的リハビリじゃなくて、「ブライアンに顔向けできる自分に戻るための巡礼」みたいなものなんですよ。これ書きながら泣きそうになってきた。ちょっと待ってください。

兄・ムッタとの対比——ふたりの「弱さ」の違い

ムッタの弱さ、ヒビトの弱さ

『宇宙兄弟』は兄弟の物語なので、ここでムッタとの対比を書かせてください。ムッタの弱さって、「自分を信じられないこと」なんですよ。能力はあるのに、自信がない。常に自分を疑って、周囲と比べて、落ち込む。典型的な「自己肯定感が低い優秀な人」です。

一方ヒビトの弱さは、まったく別物。彼は自分を信じることができる人でした。むしろ根拠のない自信に満ちていて、「俺ならやれる」と軽く言える側の人間だった。でも月の事故以降、彼が直面したのは「自分の体が自分の意志に従わない」という種類の絶望。心は飛びたいのに、体がそれを拒否する。これはムッタの悩みとはまったく違うベクトルの苦しみなんです。

ムッタがヒビトに届けた「兄の言葉」

おもしろいのは、この構造のおかげでムッタとヒビトの兄弟関係が、作中で逆転することなんですよ。最初は「ダメな兄と天才の弟」だったのに、パニック障害編では「折れた弟を支えようとする兄」になる。ムッタは自分が欠点だらけだからこそ、弟の欠点の重みを理解できる。これが読者として本当にグッとくる。

ムッタとヒビトは3歳差で、UFOを一緒に見た子ども時代から「一緒に宇宙飛行士になろう」と誓い合った仲なんです。その原点があるからこそ、弟が倒れたとき、兄は「自分が先に宇宙に行くことで、ヒビトに道を残す」という形で応えようとする。この兄弟、ずるすぎませんか。私、何度読み返しても泣く自信があります。

ロシアでの再生——オリガ、イヴァン、そしてもう一度の飛行

NASAを離れ、ロシアへ

パニック障害で現役復帰が難しくなったヒビトは、NASAを離れ、ロシアへ渡ります。ここからが、ヒビトというキャラクターが「ただの天才」から「本当に愛されるキャラ」に変わっていく道のりです。

ロシアで彼を支えたのは、ベテラン宇宙飛行士のイヴァン・トルストイと、その娘のオリガ。イヴァンは、ヒビトに与圧服を着て歩くという基本動作を取り戻させるために、コスプレ衣装や被り物を用意して、遊びのような訓練を組み立てる人なんです。これが、めちゃくちゃ良い。パニック障害を「克服すべき敵」として正面から叩くんじゃなくて、「楽しみながら慣れていく」という導き方。大人がかっこいいんですよ、この作品。

オリガという存在が持つ意味

オリガはイヴァンの娘で、実はもともと「Mr.ヒビット」というヒビトが出ていたアニメの大ファン。ヒビトのぬいぐるみを持っているくらいの筋金入りのファンなんです。彼女の存在はヒビトにとって、「自分が誰かの金ピカであり続けている」という証明になる。

宇宙服を着られなくなった自分、NASAにいられなくなった自分、ブライアンの遺志をまだ継げていない自分——そんな「欠けた自分」であっても、目の前の女の子にとっては英雄のままでいられる。この事実が、じわじわヒビトの背中を押していく。「強いから愛される」んじゃなくて、「弱さごと愛される」経験が、彼を少しずつ立て直していくんです。これ、本当に優しい物語の書き方だなと思う。

「弱さを抱えた人間」としての魅力が、なぜ刺さるのか

私たちが抱えている「自分の月面事故」

ヒビトが愛される理由を私なりに言葉にすると、「私たち全員の月面事故を肩代わりしてくれているから」なんです。私たちにも、それぞれの月面事故があります。一番得意だったことが急にできなくなった日。信頼していた人を失った日。自分の体や心が思うように動かなくなった日。そういう「前の自分に戻れなくなる日」って、誰にでもあるじゃないですか。

そんなとき、ヒビトの物語はすごく静かに寄り添ってくれるんです。「戻れなくてもいい。違う道から、もう一度空を見ればいい」と。NASAからロシアへ、英語からロシア語へ、ひとりの天才から誰かに支えられる人間へ——彼は、立ち直り方を変えるだけで、飛ぶことをやめなかった。

完璧なヒーローじゃない、からこそのヒーロー

もし『宇宙兄弟』のヒビトが、最初から最後まで無敵の弟だったら、私はここまで彼を語りたいとは思わなかったと思うんです。パニック障害を発症して、泣いて、NASAを離れて、それでも宇宙に戻ろうとした彼だからこそ、「かっこいい」と言えるんですよ。

正直に言うと、ヒビト編、読み返すのにちょっと覚悟がいります。彼が発作を起こすシーンとか、オリオンで月から帰還したときの笑顔とか、情報量が多すぎて脱線して字数が倍になりそう。「まとめます」と言っておきながら、もう一回彼の月面シーンを語りたくなっています。ダメですね、推し語り記事は。

まとめ——ヒビトを「弱さのヒーロー」として読む

ヒビトの魅力は、パニック障害・ブライアンへの想い・ムッタとの対比、この3つが絡み合って初めて完成します。強い弟としてだけの彼なら、物語は浅く終わっていた。月で壊れて、先輩の背中を追って、兄にもう一度導かれて——そうやって「弱さを抱えた人間」になったヒビトだからこそ、私たちは自分の人生と彼の人生を重ねられるんだと思うんです。

『宇宙兄弟』は2007年から2026年まで、モーニングで19年にわたって連載された長い物語です。その長い時間のなかで、小山宙哉先生はヒビトに「強さ」ではなく「弱さから立ち上がる美しさ」を託しました。あなたにとって、ヒビトの一番「金ピカ」な瞬間はどの場面でしたか?よかったら、ぜひ教えてください。


この記事、書き始める前は「4,000字くらいで抑えよう」と思っていたのに、ブライアンの話でうるっと来てから全然収まらなくなりました。推し語り記事を書くとき、いつも同じことをやらかします。ヒビトに関しては、これでもまだ半分も語れていないので、また別の角度でも書かせてください。本当に。

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