コードギアス スザクが嫌いな理由を本音で整理

【ネタバレ注意】本記事には『コードギアス 反逆のルルーシュ』R2終盤・最終回のネタバレが含まれます。未視聴の方はご注意ください。

で、本音のところ、どうなの?

「スザク 嫌い」で検索する人は多い。でも「スザクが好き」という人も確かにいる。どっちも正直な反応だと思う。この記事では、スザクへの賛否がなぜここまで割れるのか、理由を正直に整理してみる。嫌いな気持ちもわかるし、擁護したい気持ちもわかる——その両方を書く。

「間違った方法はダメ」と言いながら、自分も矛盾だらけじゃないか?

スザクが嫌われる最大の理由は、たぶんここだ。

スザクの信念は「間違った方法で得た結果に価値はない」。だからゼロ(ルルーシュ)のやり方を否定する。革命より体制内改革。暴力より正攻法。それ自体は一貫しているように見える。

ところが実際の行動を見ると、矛盾が目立つ。

R2のナイトオブラウンズ昇格後、スザクは捕虜になったカレンに「リフレイン」を使おうとした。リフレインは麻薬で、「幸せだった過去に戻れる」という幻覚を与える薬だ。これはどう見ても「正しい方法」ではない。ルルーシュがゼロかどうかを吐かせるために使おうとしたのだから、尋問の道具として麻薬を用いることになる。

さらに、ゼロの正体をブリタニアに密告したことも問題視された。ルルーシュとの関係は最終的にスザクが自分で選んだ立場によって何度も揺れ、「そのたびに都合のいい行動をしている」と見えてしまう。

加えて、スザクには幼少期に父・枢木ゲンブを殺したという過去がある。戦争を止めるためだったとはいえ、「プロセスを大切にする」と言い続けてきたスザクにとっては、それ自体が大きな矛盾を抱えている。その秘密を心の奥に閉じ込めたまま理想を語るスザクを、「偽善的だ」と感じる視聴者が出るのは当然だと思う。

正直に言うと、スザクの言っていることとやっていることのズレは、物語上意図的に描かれているものだ。でも、そのズレがリアルタイム視聴では「ただのダブルスタンダード」に見えてしまうのも無理はない。

ユーフェミアの件、スザクの怒りは正しかったのか?

コードギアスの中で最も衝撃的なシーンのひとつが「血染めのユフィ事件」だ。

ユーフェミア・リ・ブリタニアは日本人とブリタニア人の共存を本気で目指した第3皇女で、スザクが騎士として仕えていた人物だった。その彼女が突然、式典の場で「日本人を殺せ」と命じ、ブリタニア軍に虐殺を実行させた。

実際には、ルルーシュのギアスが制御を失って暴走した事故だった。ルルーシュ自身に悪意はなく、ユーフェミアも本心から虐殺を望んでいたわけではない。ギアスの被害者である。

しかし当然ながら、スザクはその真相をすぐには知らない。彼が目にしたのは、自分が信じていたユーフェミアが日本人を虐殺しているという事実だった。スザクの怒りと悲しみは本物だ。

ここでの問題は、スザクがその後ゼロを激しく憎む感情を、物語全体の推進力にしてしまったこと。ゼロはユーフェミアを(ギアス暴走後に)銃で撃ち、彼女を「解放」した。スザクから見れば、それは親友による最愛の人の殺害だ。

気持ちは分かる。その怒りは正当だ。だが視聴者はルルーシュ視点で物語を追っているため、真相を知っている状態でスザクの怒りを受け取る。だから「スザクは誤解しているのに、ずっとルルーシュの邪魔をする」と見えてしまう。

この構造上の問題が、スザクへの不満を生みやすくしている。

じゃあ「ゼロ・レクイエム」のスザクは、どう評価すべきか?

R2の終盤、スザクはルルーシュとともに「ゼロ・レクイエム」という計画を立て、実行する。

ルルーシュが世界の独裁者として君臨し、全ての憎しみを自分一人に集める。そしてスザクがゼロの仮面をかぶり、公衆の前でルルーシュを刺殺する。悪の皇帝が正義の英雄に倒される——その演出で、憎しみの連鎖を断ち切る。

スザクはその後、「ゼロ」として生き続けることを選ぶ。かつての自分の名前も、人生も捨てて、友の意志を継ぎながら仮面の下に生きる。これはどう見ても罰だ。スザク自身がそれを理解した上で引き受けている。

ぶっちゃけ、この展開でスザクの評価が逆転した視聴者は少なくない。「やっぱりスザクは最後に報われなかった」「でもそれがスザクらしい」という声も多い。

ルルーシュは死ぬことで世界を変えた。スザクは生き続けることで世界を守ることを選んだ。どちらが楽な道かは、言うまでもない。

本音のところ——筆者が思うスザクというキャラの本質

スザクが嫌われる理由は、整理すると3つだ。

ひとつは「主人公(ルルーシュ)の邪魔をする存在として描かれていること」。視聴者はルルーシュを応援しながら物語を見るので、その障害になるスザクは自然と不満の矛先になる。

もうひとつは「理想と行動の矛盾」。リフレイン使用・ゲンブ殺害・密告など、スザク自身の言う「正しい方法」から外れた選択が積み重なる。これが「偽善者」という印象を与えてしまう。

3つ目は「視聴者の情報量の非対称性」。ユーフェミア事件の真相を知っている視聴者から見ると、スザクの怒りは「誤解に基づいた感情」になってしまう。

でも、それらを全部踏まえた上で言う。スザクは「正論と現実の間で引き裂かれた人間」として、きちんと機能しているキャラクターだと思う。理想を語りながら矛盾する。それは現実の人間だって同じじゃないか。完璧に筋を通せる人間など、そうそういない。

スザクの矛盾は欠陥ではなく、描写として成立している。ルルーシュが「目的のためなら手段を選ばない革命家」であるのに対して、スザクは「手段を選ぼうとしながら何度も失敗する改革者」だ。その二人が最後に同じ計画を実行するからこそ、物語が完結する。

「どっちが正しいか」ではなく、「どちらの生き方も、それぞれの重さがある」——そこに落ち着いたとき、スザクというキャラクターの意味が見えてくる気がする。

まとめ——それでもコードギアスがすごいのは、スザクがいるからだ

スザクへの賛否は永遠に割れ続ける。それでいいと思う。

スザクというキャラクターがいなければ、コードギアスはここまで深い問いを残せなかった。嫌いという感情が出てくること自体、スザクが「本物のキャラクター」である証拠だ。感情を揺さぶる作品だからこそ、コードギアスは今も語り継がれている。


実は書き終えてから気づいた。スザクのことを「よく描けたキャラだ」と思いながら書いていたら、気づけば3本分のネタが頭の中で育っていた。「スザク vs ルルーシュ、どちらの選択が正しかったか」とか「ゼロになったスザクのその後」とか……次は絶対書く。

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