「あの術は使うなよ」は何話?出典を解説

『NARUTO -ナルト-』の「あの術は使うなよ」は、原作コミックス第28巻・No.251『砂へ…‼』で自来也がナルトに告げたセリフです。アニメ版は『NARUTO -ナルト- 疾風伝』第228話「出撃、カカシ班」に対応します。この「あの術」が何を指すのかは、作中で最後まで具体的には明かされていません。

実際には何と言っているか

先に結論を書きます。要約や意訳ではなく、原作での自来也のセリフを原文どおりに引用します。

ナルト… 分かってるとは思うが… あの術は使うなよ…

ネット上では「あの術だけは使うなよ」「あの術は絶対に使うなよ」の形でも広まっていますが、「だけ」「絶対に」は原作にない強調です。正しい原文は上のとおりで、アニメ版では「術」が「力」へ変わります。下の表で対比します。

どの形か 本文 検証結果
ネットで広まった形 あの術だけは使うなよ 「だけ」は原作になし(付加された強調)
ネットで広まった形 あの術は絶対に使うなよ 「絶対に」は原作になし(付加された強調)
原作コミックス 第28巻 No.251 あの術は使うなよ… 正確な原文(直前に「分かってるとは思うが…」)
アニメ『疾風伝』第228話 あのは使うなよ… 「術」が「力」に変更されている

この一言が生まれた場面

【ネタバレ注意】以下はNARUTO第2部(アニメ『疾風伝』)序盤の展開に触れます。

この一言が交わされるのは、物語が第2部へ切り替わった直後の場面です。ナルトは自来也とともに約2年半のあいだ里を離れて修行し、木ノ葉隠れの里へ帰郷します。伝説の三忍の一人である自来也は、この修行期間を通してナルトを直接鍛えた師にあたります。

再会の余韻もつかの間、砂隠れの里で風影となっていた我愛羅が「暁」に攫われたという急報が届きます。五代目火影・綱手はただちにカカシ班(はたけカカシ・うずまきナルト・春野サクラ)を砂へ向かわせます。里ではカンクロウが暁の一員と交戦して敗れており、一刻を争う状況でした。この緊迫の中で、任務へ発つ直前のナルトに自来也が声をかけます。

「あの術は使うなよ…」は、その出発の直前に告げられた忠告です。前後を含めると「ナルト… 分かってるとは思うが… あの術は使うなよ…」となります。多くを語らない短い言葉ですが、長い修行をともに過ごした師が、危険な任務へ向かう弟子へ静かに念を押す——そういう場面であることが読み取れます。命令でも説明でもなく、「分かっているだろうが念のため」という距離感の一言です。自来也は普段、軽口とふざけた態度で弟子に接する人物ですが、この見送りの場面では言葉数が少なく、その落差もあってセリフの重みが際立ちます。だからこそ多くの読者の記憶に残り、後から検索して確かめたくなるのだと考えられます。

ここで一つ、事実として確認しておきたいことがあります。自来也がこのとき「あの術」で何を指したのかは、この場面では具体的に説明されていません。読者が引っかかるのはまさにその一点で、だからこそ「あの術とは何か」「何話のセリフか」という問いが生まれ続けています。

なぜこの一言が語り継がれるのか

この短いセリフが今も検索され、語り継がれる最大の理由は、自来也の言う「あの術」が作中で最後まで具体的に明かされないことにあります。NARUTOはすでに全72巻で完結していますが、この「あの術」が何を指すのかは公式に説明されておらず、いわゆる未回収の伏線として知られています。答えが提示されないからこそ、読者は「あの術とは結局何だったのか」と繰り返しこの場面へ立ち返ります。

ネット上では、アニメで「術」が「力」へ置き換えられたことを手がかりに、九尾(九喇嘛)の力や尾獣化を指すのではないか、という見方が広く語られています。ただしこれはあくまで読者の間で交わされている推測であり、作者や公式が明言したものではありません。本記事は出典と正確な引用の確認までを担当し、「あの術」の正体そのものの推理には踏み込みません。確かなのは、原文が「あの術は使うなよ…」であり、その出典が第28巻・No.251だという一点です。

まとめ|この場面を読むなら第28巻

ここまでの要点をまとめます。正確な原文は「あの術は使うなよ…」(直前に「分かってるとは思うが…」)で、出典は原作コミックス第28巻・No.251『砂へ…‼』、アニメ版は『NARUTO -ナルト- 疾風伝』第228話「出撃、カカシ班」です。ネットで見かける「だけ」「絶対に」入りの形や、アニメの「力」表記は、いずれも原作原文とは異なります。この場面を紙で読み返すなら、第2部の幕開けを収めた第28巻「ナルトの帰郷!!」が該当します。収録話はNARUTO公式サイトの第28巻紹介ページで確認できます。映像で確かめたい場合は疾風伝の第228話が対応します。

出典・参考情報


正直に打ち明けると、出典を確かめるつもりで第28巻を開いたのに、気づけばこの前後の場面をまるごと読み返していました。……取り乱しました、出典に戻ります。「だけ」や「絶対に」をつい足したくなるのは、この一言を大切に覚えている証だと思います。広まった形もまた、愛された記録です。

コメント