ゴンさんの変身はなぜ違和感があるのか

【ネタバレ注意】本記事にはHUNTER×HUNTERキメラアント編終盤のネタバレが含まれます。

で、本音のところ、どうなの? ゴンがネフェルピトーの前で大人の姿に変わった、いわゆる「ゴンさん」の場面。「鳥肌が立った」という声と「唐突すぎて笑ってしまった」という声が、今も同じくらいの熱量で並んでいます。正直に言うと、私はどちらの言い分もわかる。この記事では、あの変身になぜ違和感が残るのかを、事実と当時の空気の両方から整理します。

で、あの「ゴンさん」って結局どの場面だったの?

まず前提の確認から。「ゴンさん」は作中の正式な名称ではありません。読者が、畏怖まじりに「さん」を付けて呼び始めた通称です。

初出は第305話「残念」。週刊少年ジャンプ2010年20号(2010年4月19日発売)に載った回です。単行本では集英社の29巻(2011年8月4日発売)に収録されています。

そこから決着までが第306話「安堵」(2010年21・22合併号)、第307話「喪失」(同23号)。変身から終わりまで、実質3話しかありません。この密度は覚えておいてください。

経緯を短くまとめると、こうです。ゴンはカイトを元に戻してほしいとピトーに願う。だがカイトはすでに戻らないと知らされる。そこでゴンは、自分の持っているもの全部を差し出す。

305話でのゴンの独白が「もうこれでおわってもいい だからありったけを」。この一行が、あの姿の設計図です。

作中には「制約と誓約」という念のルールがあります。自分に条件を課し、それを破らないと誓うことで、能力の出力を跳ね上げる仕組み。ゴンはそれを、自分の先の人生ごと賭ける形で使ったと読まれています。

アニメでは第131話「イカリ×ト×ヒカリ」(2014年放送)で映像化されました。原作から4年後です。

なぜ「唐突すぎる」って言われるのか

気持ちは分かります。違和感の中身を分けると、だいたい4つに整理できます。

1つ目は、予兆がほぼないこと。少年の体格から成人男性の体格へ、髪の長さまで含めて、1話のうちに別人になる。読者の側に「積み上がっていく感覚」を味わう時間が用意されていません。

2つ目は、ルールの中身が明示されないこと。制約と誓約という枠組みは作中で説明済みですが、ゴンが具体的に何と何を引き換えたのかは、セリフで整理されていません。読者は結果から逆算するしかない。

ここは大事なところで、多くの人が引っかかっているのは展開そのものではなく、説明の不在なんです。「納得できない」ではなく「確かめられない」に近い。

3つ目は、出会い方の問題。掲載直後の2010年4月末からゴールデンウィークにかけて、「ゴンさん」はネット上で短期間に爆発的に広まりました。ただし出回っていたのは、多くがコラ画像やネタ動画です。

つまり当時、本編を追っていなかった層のかなりの人数が、物語の文脈を知らないまま「一枚の絵のインパクト」だけであの姿と出会っている。第一印象がギャグ側に固定されたあとで本編を読めば、そりゃ違和感も残ります。作品側の落ち度ではないのに受け取られ方が歪んだ、不運な部分だと思っています。

4つ目は、勝ち方が少年漫画的でないこと。普通、主人公が力を得て勝てば、そこは達成の場面になります。ところがここでは、勝ったのに誰も救われない。カイトは戻らないし、ゴンも戻らない。読後感が勝利になっていない。

じゃあ、その違和感は的外れなのか

わかる、あれはね……と言いたくなる反論も、同じだけ筋が通っています。こちらも並べます。

ルール自体は後付けではありません。制約と誓約はキメラアント編より前から作中で機能してきた前提です。ゴンだけに用意された例外装置ではない。

唐突なのは、たぶん読者側の時間感覚です。ゴンの内側では、カイトを失ったこと、自分を責め続けたこと、ピトーへの怒りが数十話ぶんかけて積まれている。3話に見えるのは、爆発した瞬間だけを切り取ったからです。

あの見た目の異常さは、狙って異常にしてある。伸びきった髪も、不釣り合いな体格も、かっこよさの記号ではなく逸脱の記号です。もし自然で美しい成長として見せられていたら、「主人公が覚醒して勝った」というありふれた話になっていた。据わりの悪さこそが、これは勝利ではないという合図なんだと思います。

そして、その後まで含めて一つの物語です。ゴンは念を使えない状態になり、キルアがアルカ(ナニカ)の力を頼って肉体を治すまで戻ってきません。勝った直後から報いを払い続ける主人公という構造は、あの3話だけを見ていると絶対に見えない。

ついでに数字の話をすると、この場面は掲載から16年経った今も検索され続けています。唐突だと感じた人が多いということは、それだけ多くの人が忘れられなかったということでもある。

本音のところ

正直に言うと、私は違和感は残していいと思っています。

唐突だと感じた最初の感覚を、あとから知った文脈で上書きする必要はありません。「制約と誓約で説明がつくから違和感のほうが間違い」というのは、たぶん順番が逆です。異物として刺さったから、16年経っても話題に上がり続けている。

当時ネタとして消費されたことについても、私は否定的に見ていません。あれも含めて、この場面が通ってきた歴史の一部です。笑いから入って、あとで本編を読んで黙り込んだ人を、私は何人も知っています。入口としてはむしろ強い。

ただ、絶対的な読み方はないと思っています。あの姿を「主人公の到達点」と見るか「主人公が壊れた瞬間」と見るかで、キメラアント編の後味は丸ごと変わる。どちらを取るかは、読んだ人が決めていいところです。

まとめ:それでもこの3話が特別な理由

ゴンさんの変身は、たしかに唐突です。説明も足りない。当時の広まり方も不運でした。

でもね、少年漫画の主人公が「強くなる」ことを、ここまで恐ろしいものとして描いた場面が他にどれだけあるでしょうか。願いが叶ってしまったのに、何ひとつ報われない。あの3話があるから、キメラアント編は今も読み返されているんだと思います。違和感ごと抱えたまま、また29巻を開いてしまう。それが答えのような気がしています。


辛口で通したいのに、この場面の話になると毎回締めが甘くなります。書いている途中で「ピトー側から見た記事も要る」「カイトのその後も」と派生が湧いてきて、下書きばかり増えるのが困りものです。

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