ビスケの念能力はなぜ無駄と言われるのか

で、本音のところどうなんでしょう。『HUNTER×HUNTER』のビスケは、あれだけ強いのに念能力が美容マッサージ。ネット上では「せっかくの枠がもったいない」「無駄遣いだ」という言い方をよく見かけます。正直に言うと、その気持ちはすごく分かります。ただ、作中の設定を並べていくと、話はそう単純ではありません。

そもそも「無駄遣い」って何が無駄なの?

【ネタバレ注意】以下、グリードアイランド編・キメラアント編の内容に触れます。

ビスケの念能力は「魔法美容師(マジカルエステ)」。オーラで具現化した女性のエステティシャン「クッキィちゃん」に、対象者をマッサージさせるという能力です。

効果は脂肪燃焼、肩こり改善、便秘解消、冷え性対策。さらにオーラを特別なローションに変化させることで、美肌や若返りにも効くとされています。書き出してみると、これは本当に純度100%のエステです。

ここで引っかかる人が多いのは、念能力が原則として「一人ひとつ」しか持てない、という作中の大前提です。
限られた一枠を、戦闘とまったく関係ない能力に使ってしまっている。だから「無駄遣い」と言われる。

この言い回し自体はネット上で自然発生した表現で、作中に出てくる用語ではありません。パソコンの容量にたとえて、貴重な一枠を使い切ってしまっているという意味で広まりました。

そしてややこしいのは、ビスケが弱いキャラとして描かれていないことです。グリードアイランド編ではゴンとキルアの修行を引き受け、ふたりの実力を短期間で引き上げる立場にいる。強者として扱われている人物の能力がエステだから、余計に落差が目立つ。だから「無駄遣い」と言われる。ただ、指摘のポイントは的外れではないんです。

戦闘用の発がないと、やっぱり不利なの?

ここは正直に認めたほうがいいと思います。批判には妥当な部分があります。

まず、ビスケには「必殺技」と呼べる発が存在しません。クッキィちゃんは戦闘に投入されず、殴り合いの場面で切り札として出てくることもない。同格の念能力者と一対一で向き合ったとき、相手が持っている決定打を、ビスケは持っていないことになります。

実際、読者の間でも「ビスケは戦闘用の発がないから同格には不利」という見方は昔から繰り返し語られてきました。念能力バトルは相手の能力を読み合う競技でもあるので、こちらに読ませるカードがないというのは、そのまま手数の少なさになります。

キメラアント編でも、ビスケが直接前線で暴れる場面は多くありません。実力者として扱われている割に、能力の見せ場が少ない。ここに物足りなさを感じるのは、わりと自然な読み方だと思います。

『HUNTER×HUNTER』の戦闘が面白いのは、能力の条件を読み合って、不利な側が理屈で勝つ展開があるからです。その読み合いに出せる札を持っていないというのは、単純に不利です。相手からすれば、警戒すべき未知の能力がないぶん、対策が楽になります。

つまり「戦闘の切り札がない」という指摘だけを取れば、これは事実です。問題は、そこから「だからビスケは弱い」に飛ぶかどうかです。

じゃあビスケは弱いのか?

ここが逆転するところです。結論から言うと、弱くありません。理由は3つあります。

ひとつ目は系統です。ビスケは変化系の能力者で、冨樫展で公開された念能力の設定資料でも、修練度は最高位の「極」とされています。念の六性図では、変化系は強化系の隣に位置します。隣接する系統はおおむね8割の精度で扱えるため、ビスケは発に頼らずとも、強化した肉体と基礎技術だけで高水準の殴り合いができる。
発がないのではなく、発を出さなくても戦えるタイプなんです。

ふたつ目は、マジカルエステが向いている先です。普段の少女の姿は本人の願望が反映されたもので、その下にあるのは長年鍛え上げられた筋骨隆々の肉体。マジカルエステは他人だけでなく自分にも使える能力で、脂肪燃焼や疲労回復といった効果は、そのまま体づくりの土台になります。戦闘用の発を持たない代わりに、能力を「自分という武器の整備」へ回していると読むこともできます。

三つ目は、他人への効果です。キメラアント編で登場した「桃色吐息(ピアノマッサージ)」は、30分の施術で8時間の睡眠に相当する疲労回復をもたらします。ゴンとキルアの修行が短期間で跳ね上がったのは、この能力があったからです。自分の一発ではなく、他人の成長速度を書き換える。師匠としてのビスケの価値は、ほぼここに集約されています。

本音のところ

個人的には、「無駄遣い」という評価は半分正しくて半分ずれている、と思っています。

正しいのは、バトル漫画としての見せ場の作りにくさです。読者が念能力に期待するのは、相性と読み合いで勝負がひっくり返る瞬間で、エステはその舞台に上げにくい。だから「もったいない」と感じる。この感覚は否定できません。

ずれていると思うのは、「戦闘に使えない=無駄」という前提のほうです。ビスケの能力は、本人の願望から生まれたものとして描かれています。念は本来、その人の在り方が形になるもの。強くなりたい人が強い発を得るのと同じ理屈で、美しくありたい人がエステを得た。設定としてはこれ以上ないくらい筋が通っています。

ちなみに一般読者を対象にしたアンケートでも、マジカルエステは「実生活で使ってみたい念能力」の1位に選ばれています(ふたまん+の調査/30〜40代の男女200名対象)。戦場では出番がなくても、生きていくうえでは最強クラス。この評価のねじれ自体が、けっこう面白いところだと思っています。

それでもビスケが面白い理由

戦闘用の発を持たない実力者、という立ち位置は、よく考えるとかなり珍しいものです。強さの証明を能力ではなく積み上げた年月に置いている。だからビスケは、必殺技を撃つのではなく、他人を育てることで物語に効いてくる。

でもね、この歪さがあるから、ビスケというキャラは何年経っても話題に出続けるんだと思います。無駄遣いと言われるほど極端な選択をしているのに、誰よりも自分の願いに忠実。そういう人物が師匠として置かれている作品は、やっぱり面白いです。原作の連載状況は少年ジャンプ公式サイトの作品ページから確認できます。


この流れで「じゃあクッキィちゃんは戦闘に使えないのか」を一本書きたくなってきました。……いや、今日はやめておきます。

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