鎧の巨人はなぜ弱いと言われる?理由と賛否|進撃の巨人

で、本音のところ、どうなの?

鎧の巨人が「弱い」と言われる理由、正直に言うとちゃんと根拠があります。ただ、その根拠のほとんどは巨人そのものの性能ではありません。先に結論を言うと、鎧の巨人は「単体の性能が低い巨人」ではない。今回はそこを3つの論点に分けて整理します。

※原作完結後の内容にも触れます。未読の方はご注意ください。

で、そもそも「弱い」って何を見て言われてるの?

この評価、出どころはかなりはっきりしています。エレンとの格闘戦です。

原作第44話「打・投・極」。刃も砲弾も通らないはずの装甲を持った鎧の巨人が、投げられ、極められ、腕を引きちぎられる回です。

大事なのは、調査兵団が「装甲を割る」方向を早々にあきらめている点です。ハンジが見抜いたのは、鎧が関節の裏側までは硬質化できないという構造上の弱点でした。ミカサが膝の裏を斬り、エレンが訓練兵時代にアニから教わった投げと極めで押さえ込む。

つまりこの戦闘は「鎧が破られた」話ではなく、「鎧を避けて関節を取られた」話なんですね。

もう一点あります。エレンが優位に立てたのは、それ以前に巨人相手の格闘を経験していたからです。調査兵団は学習していた。学習される側が不利になるのは当然で、鎧の巨人はその教材にされた最初の相手でした。

もっと言えば、この負け方は鎧の巨人の設計が読み解かれた結果でもあります。硬い相手をどう崩すかという問いに、作品がきちんと手順で答えた回だった。弱い相手なら、そもそもこんな段取りは要りません。

わかる、あれはね……理屈より先に絵が強すぎるんです。全身鎧のはずのキャラが素手で投げ飛ばされ、腕をもがれる。読者の記憶に残るのは構造の説明ではなくこの一枚のほうで、「鎧の巨人は弱い」という言葉が定着した最大の理由は、たぶんここにあります。

なぜ硬質化は通用しなくなったのか?

二つ目の論点。ここは、気持ちは分かるけれど少し不公平でもあるところです。

鎧の巨人の防御は、全身を常に硬質化させ続けるというものです。巨人の共通弱点であるうなじまで装甲に覆われているため、立体機動装置の刃も、壁の上から撃ち込む砲弾も基本的に通らない。登場した時点のこの巨人は、文字どおり手の出しようがない相手でした。

状況を変えたのが雷槍です。原作第76話「雷槍」(講談社『進撃の巨人(19)』収録)で調査兵団が投入したこの新兵器は、突き刺してから爆発させる設計で、シガンシナ区の戦いでライナーの目とうなじを正確に捉えました。アニメではSeason 3でこの戦いが描かれています(TVアニメ「進撃の巨人」Season 3 公式サイト)。

さらに舞台が壁の外へ移ると、中東連合が使う対巨人砲の徹甲弾が鎧を貫きます。人類側の工業力が、巨人の装甲にとうとう追いついた瞬間です。

ここで効いてくるのが、さっきの関節の話です。装甲は可動部を覆いきれない。そこへ装甲そのものを割れる兵器まで出てくると、防御の優位は二方向から削られていきます。

だから正確に言うなら、鎧の巨人が弱くなったのではありません。防御に全振りした能力が、対巨人兵器の進化に追い抜かれただけです。ぶっちゃけ、これは鎧の巨人の落ち度ではないと思っています。

じゃあ「弱い」という評価は妥当なのか?

戦績を並べ直すと、印象はかなり変わります。

845年、シガンシナ区の外門が超大型巨人に破られた直後、ウォール・マリア本体の内門を突き破ったのが鎧の巨人でした(講談社『進撃の巨人(1)』)。この一撃で人類の生存圏はウォール・ローゼの内側まで一気に後退します。物語全体の前提を作った破壊です。

城壁を単騎で抜くという仕事を、この巨人はきちんと果たしている。攻城兵器としての性能は、作中で疑いようがありません。

もう一つ見落とされがちなのが、乗り手の状態です。パラディ島でのライナーは、壁を壊す「戦士」と壁を守る「兵士」のあいだで人格が引き裂かれていました。第46話「開口」では、兵士として振る舞っていた彼がベルトルトに戦士であることを指摘され、我に返る場面が描かれます。

正体を隠したまま数年間敵陣で暮らし、任務と情が両方こじれた状態で戦う。何のために戦っているのか本人が分からなくなっているのだから、戦績が上がるはずもありません。

撃つべき相手に情が湧いてしまった兵士に全力を出せというのは、そもそも無理な注文です。同じ巨人を、迷いのない状態の乗り手が動かしていたらどうだったか。ここは想像するしかありませんが、少なくとも同じ結果にはならなかったはずです。

鎧の巨人が弱く見える理由の何割かは、巨人の仕様ではなく運用条件のほうにあります。ここを分けて考えないと、評価はどうしても不当に厳しくなります。

本音のところ

正直に言うと、「弱い」と言いたくなる気持ちは分かります。

期待値の問題なんですよね。全身が鎧という設定は、読む前から「無敵」を約束してしまう。だから一度でも負ける絵が出ると、落差のぶんだけ評価が下がる。

逆に言えば、鎧の巨人はずっと壁役として扱われてきました。前線を押し上げ、味方を通し、殴られる側に立つ。派手な決着をつける役どころではないので、勝敗のハイライトだけを並べると分が悪くなります。

それでも、装甲が破られるたびに物語が一段進んでいるのは事実です。雷槍が生まれたのも、人類側が鎧の巨人という壁を越える必要があったから。自分の強さを、負けた側の記録として残してしまうキャラなんだと思います。

もちろん、ここをどう受け取るかは読む人次第です。

それでも鎧の巨人が面白い理由

でもね、これがあるから鎧の巨人は面白いんです。

無敵の装甲を与えられながら、作中で一番殴られ、一番迷い、それでも前に立ち続ける。外側の硬さと内側の脆さがまったく釣り合っていないところに、この巨人と乗り手の設計の妙があります。

物語の起点も、対巨人兵器の進化も、乗り手の葛藤も、全部この巨人が背負っています。「弱い」と言われるたびに読み返したくなる巨人って、そうそういないと思いませんか。


辛口で書き切るつもりが、また最後で擁護に回ってしまいました。しかもこの調子だと、ライナーの違和感ネタであと3本は書けそうで困っています。

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